Feb 05, 2011

医療脱毛レーザーの種類

医療脱毛にはいろいろな種類がありますが、その中でもレーザー治療の方法はたくさんあり​​ます。ルビーレーザー、アレキサンドライトレーザー、半導体レーザー、ロングパルスYAGレーザー、IPL脱毛などがあります。この中でも痛みが少なく、日本人に人気の医療脱毛方法はIPL脱毛、別名、光脱毛と呼ばれ、ほとんど痛みがないのが特徴です。
赤ら顔は、血流が詰まっている状態、敏感肌、細菌や皮脂による炎症が原因だと言われています。赤ら顔の私は、敏感肌の方、顔の表皮が薄くなっているため、刺激が普通の人に比べてクンラゴハプニダ。ひどい時はチクチク痛みがあるので、美容皮膚科で診察をし、肌のスキンケアを行っています。乾燥肌が落ち着いているため、表皮になってきたのだと思います。
ちきりんの“社会派”で行こう!:

 メディアの側にある人たちはしばしば「メディアの基本は反権力である」と言います。しかし、本当にメディアが反権力を貫いたことはあるのでしょうか。天安門事件から22年となるのを機に、改めて考えてみました。

 今年も天安門事件の日が巡ってきました。あれから22年。事件勃発は1989年の6月4日で、その日に生まれた人はすでに成人を迎えています。

 20年目の一昨年、中国政府はBBCやCNNが中国で放映する事件関係のニュースを、画面を黒塗りする(真っ黒の何も映っていない画面に切り替える)という方法でシャットアウトしたとのこと。にわかには信じがたいような原始的なメディアコントロールです。

 この事件が中国にとっていまだに文化大革命と並ぶ近代史の2大タブー=“存在しなかったかのように扱うべき事件”だということがよく分かります。

 1989年は特別な年でした。ゴルバチョフ氏の英断がベルリンの壁の崩壊に結実し、世界中の共産国では何が起こっても不思議ではない緊迫した1年だったのです。

 天安門広場に集まり、民主化を求めた中国の若者たちは、自分たちに突っ込んできた戦車に目を疑ったことでしょう。ちなみに日本では、この年に“昭和”という時代が終わっています。

 今、ちきりんが見ている韓国ドラマは、ちょうど光州事件(1980年5月18日〜。天安門事件と同様、民主化を求める民衆に対して軍が武力行使をし、多数の民間人の死傷者が出た)という韓国での民主化運動を扱っているドラマです。

 こちらの事件でも、軍の指揮をとっていた全斗煥氏は「メディアコントロール」を非常に重視しており、ソウルから離れた光州で何が起こっているかを全国紙にもテレビにも一切報道させませんでした。

 それどころか新聞やテレビを通して、「光州で騒いでいるのは北(共産勢力)のアカどもだ」という報道をさせ、国民に「従って武力鎮圧されても仕方のない奴らなのだ」という印象を植え付けようとしたのです。

 光州の市民たちは怒り、自分たち国民に銃を向ける軍人と闘うと同時に、まったく真実を報道しないメディア企業の建物にも放火します。これは彼ら民主化勢力が、軍部だけではなくメディア自体も「権力側」にいるのだということを(もしくは、メディアというのは非常にたやすく権力に寝返るものなのだということを)その時点でよくよく理解していたことを示していると思います。

 こういったメディアコントロールは、政府が絡む大事件においてはどの国でも常に行われます。天安門事件では、当時最後まで報道を続けていたCNNの事務所に、中国の警察が押し入って報道を停止させたそうです。

 しかし、そのCNNも含めた米国のテレビ局もまた、2003年にジョージ・W・ブッシュ元大統領がイラクと戦争を始めた当初、米軍の誤爆によりいくつものイラクの小さな民間集落が吹き飛ばされ、子どもらを含む多数の民間人が殺されていることについては一切報道をしませんでした。また、戦争途中から米軍兵の死者数が急速に増え始めても、国内の反対運動の盛り上がりを阻止するため、「米軍側の死者数」について報道することを頑なに(自主)規制していました。

 戦争で自分の息子を失った母親がワシントンDCで抗議のデモや座り込みを始めたことを、「身勝手な貧乏人の母親」ではなく、「この戦争の意義に問題提起をする、国に息子を奪われた母親」として報道し始めたのは、戦争開始から数年後、イラク戦争が大きな間違いであったと米国人でさえ気が付き始めてからのことでした。

●メディアが反権力を貫いたことはあるか?

 振り返れば米国ではベトナム戦争の時、刻々と自国メディアが伝える戦地の様子を目の当たりにした国民の間から“ベトナム反戦”の動きが勃興しました。米国政府はそれによって、それまで喧伝してきた「世界の共産主義勢力からベトナムの人民を救うための戦争」という大義を失うという苦い経験をしています。

 その教訓から学んだ米国は、その後に他国に干渉したり戦争したりする際には、必ず徹底したメディアコントロールを始めました。CIAがあちこちの発展途上国に送り込んだ傀儡政権の正当性をひたすら支え続けるのも、米国のメディアの重要な責務です。

 ちきりんが知る限り最も洗練された形でそれが行われたのは、父親の方のジョージ・H・W・ブッシュ元大統領が起こした1991年の湾岸戦争です。

 米国はマスコミを含む民間人の現地への渡航自体を「安全のため」という理由で規制し、代わりに多くの御用記者を「現地ツアー」に連れて行きました。現地の米軍基地内に保護された記者たちは、軍部や政権が見せたいモノだけを見て伝える、というお手盛りの“報道”を余儀なくされたのです。

 その結果、この時の戦争報道では、最先端のレーダーシステムに誘導されたミサイルが、ピンポイントで狙った軍事施設だけを攻撃している(かのように見える)映像を、さながらシューティングゲームの画面のように、世界中が観賞したのです。

 それはリアルな戦争というより、まるで「武器ビジネス用の実践CM」のような映像でした。現実感がなく血の臭いがまったくしない「SF映画のような戦争の映像」が米軍広報やそこに集う記者たちから、世界各国に配信されました。

 もちろん日本だって例外だなんてことはありえません。敗戦の直前まで、大本営発表に沿って「大日本帝国海軍の大進撃!」を伝えていた日本のメディアも、戦後は一転して民主化を支持する報道にくら替えし、「権力の動向に極めて敏感に、その思想を反転させる変わり身の早さ」において、すばらしい才能と節操のなさを発揮しています。

 そんなに古いところに戻る必要もないですよね。国際会議で酩酊した大臣に関してまったく報道せず、外国メディアによってこの不名誉な映像が世界に配信されたのは数年前ですし、今でも記者クラブ加盟各社はあたかも検察の裏広報であるかのように振る舞い、リーク記事を報道する役目に喜々としているように見えます。

 こう考えていくと、どの国においてもいつの時代においても、メディアとはかくも権力に弱く、かくも役に立たないものなのだ、ということを痛感させられます。

 メディアの側にある人たちはしばしば「メディアの基本は反権力である」などと格好のよいことを言いますが、歴史や世界のさまざまな出来事を振り返るに、いったい今までメディアが「反権力」を貫いたという例はいくつあるんでしょう?

 あるとすればそれらの事例はほぼすべてが「個人ジャーナリスト」が反権力であったという事例なのではないでしょうか。戦車の前に立つ市民にしろ、フリーで戦地におもむくカメラマンやジャーナリストにしろ、彼らは“個人”として闘っていたのであり、「メディアという報道機関」そのものが反権力として、最後まで自らの存立を賭けて権力に対抗したことなどいったいどこに例があるのか、という気がします。

 天安門事件22年を迎えて。

 そんじゃーね。

(ちきりん)

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Posted at 03:24 in Cesium | WriteBacks (0) | Edit
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